そういえばこっちの日記には詳しく書いてなかった気がする。
DASHやラジオの感想は明日に書くとして、今日は自分の家の話を少し。
長瀬さんのドラマのタイトルにちなんで。
若干長い話になります。
少し前に祖母が亡くなりました。
戦争がきっかけで10代で視力を完全に失い、完璧に真っ暗な世界の中で、その後は親元を離れて学校に入り手に職を付け、お手伝いさんを雇えるくらいまでに稼ぎ、戦争傷病者のお金を町の有力者の助けを得て受給し、子供も孫も大学or専門学校まで行かせ、家も数軒持っていました。自分は、祖母の稼ぎと、戦争の傷病手当金のおかげで成長したと言っても過言ではないです(この受給は祖母が亡くなった先日に至るまで、数十年に渡り国から振り込まれ続けていたもの)。
視覚障害者だけど、世間的なイメージとは全く違って、謙虚で大人しいとか障害をもって世界が変わったとかいう感じではなくて、障害者だから介助してもらうのは当たり前、という態度で強かにワガママに、しかし人に金品を与えるのは家族・他人関係なく惜しみなく、生きたいように生きた豪快な祖母でした。
色々あって、今は落ち着いてきています。
良いんだか悪いんだか、遺産として家をくれたもんだから来年から固定資産税を払うのが頭が痛い。
おまけに親が怪我して働けなくなったので食費や光熱費は自分が全額出すことになりました。火災保険とか。
親の車維持費とか雑費は流石に本人に払ってもらいますけど。
祖母のお金で生きてきて、次は子供のお金で生きていく。人としてどうかと思うけど、こういう人生って楽だなぁってある意味羨ましい限りです。
まあそんな祖母のお通夜、本葬儀。喪主は孫。え、孫が喪主やるの?実の子供が健在なのに。っていう驚きがありつつも遺言だから仕方がない。
まあ大体の部分は自分の兄弟にやってもらいました。それでも葬儀セットのお金とか、返礼品を決めたりとか、お寺へのお布施を急遽銀行から下ろしてきたりとか、葬儀で祖母の思い出を司会の人に語ってもらうためのアンケートを書いたりとか。これ、実の子供がやらないでいいの?
親から「10万円足りないの、どうしよう」って連絡きたときは情けなかった。そんなお金すら出せないのか。
祖母が可愛がってきた孫二人。その孫に喪主をやってもらって祖母は嬉しいかもしれないけど、子供の立場はどうなんだ?
葬儀の準備中、親に「あなたは悲しくないの?」と言われましたが、この葬儀の打ち合わせにほぼ関わっていない上に1円たりともお金を出していない人に最も言われたくない言葉でした。
お金の問題は1億歩譲っておこう。祖母の思い出アンケートを「よくわからないから書いて」と孫の自分に書かせるってどういうこと?と心底呆れたというか、悲しくなりました。好きなドラマ、趣味、たくさんあったのに。何でそれが思いつかないんだろうか。
祖母とは、亡くなる2ヶ月くらい前からは自分とは仲が悪くてほとんど家には行っていませんでした。お互いに短気で口が悪いのが原因。1ヶ月に1回、台所の掃除に行くだけ。
祖母はもうひとりの孫とは関係は良好だったので、そっちが喪主をする分にはいいんですが、そんなに仲良くない自分が遺言とはいえ喪主を務めるのは気が引けました。
まあ喪主と言っても、今の時勢では親戚もそんなには来ないし、会食もしないから代表って感じで座ってるだけが多いんですが、お寺へのお布施の挨拶は喪主だけで行きます。あと、火葬後の御骨の確認。地方によって違うかもしれませんが、こっちでは最初に喪主だけで確認をします。これが一番いろいろキツかった。実子がいるのに、別にお互い仲が悪いわけではなかったのに、骨の確認の最初が孫でいいの?もちろん、すぐにみんな集まって順番に骨壷に骨を納めるんですが、家族・親戚を残して孫二人だけで確認しに歩いているときはなんともいえない侘しさがありました。
ということがあって、そういえば身内の葬儀を一からやって四十九日法要もするって初体験だったので、その模様をnoteに書いてみました。
いつかまた自分が葬儀に関わるときのためのメモです。