0号室の客「ロックな男」

パンサーの本名が聴き取れなくて、一応「はった」にしてあります。


ロビーのイスに腰掛けている支配人。
「『もしあの時ああしていれば』。誰もがそんなことを一度や二度思ったことがあるはず。しかし本当の不幸は、不運な結果よりも、『もしあのときああしていれば』と思い続けること。後悔し続けることが、最大の不幸なのではないでしょうか?
この男性のように」


 城田はホテルの外の階段に腰掛け、煙草をくゆらしている。
 と、ホームレスの男が煙草をくれと手振りで城田に伝える。薄く笑みを浮かべながら城田は立ち上がり、煙草を渡し火をつけてやる。
「いいライターだねぇ」
「ふっ………俺が、こんなライター使ってんのがおかしいか?………でも俺、こう見えてもな………」

*****
「バリバリのロックンローラーだったんだぜ」
 重人がバイト(?)している場末製作所。昼休みなのか、雇い主(先輩?)とキャッチボールしている。
「あの、面接に来たときから気になってたんですけど」
「ああ?」
「あのポスターってもしかしてAJPのポスターですか?」
「知ってんのか?」
「知ってるも何も、元AJPのジミー・タイガーは先月、ビルフォードでベストテンに入った日本のロックミュージシャンじゃないですか!」
「オタクだなぁ!」
 笑顔のパンサー。
「実はな俺、昔AJPでドラム叩いてたんだよ」
「え?はったさん(ここ聞きとれなかった)ってパンサーなんですか?」
 振り向いた背中には黒ペンで書かれたパンサーの文字w
「うぉ!?え?はったさんってパンサーなんですか?」
「えっへへへ」

*****
 空箱に腰掛けて煙草を吸うパンサー。会社の入り口の壁には破れたポスター。そこにロック時代のジャガーの顔が。
「こいつはなぁ、15年ほど前にバンドやめて今はどうしてんのか分かんねぇなぁ」
 重人はポスターを見ながら、
「おかしいなぁ、ちょっと、どっかで会った気がするんですけど…」
「最高のギタリストだったけどな」
「ん」とパンサーが煙草を差し出すも重人は「いや、いいっス」と断る。
「ジミーの歌、ジャガーのギター、…そして俺。パンサーのドラム。バンド名がアニマルジェットプラネットだったから全員が動物の名前をつける。あの時はクールだなぁって思ってたけど、今となっちゃ笑っちゃう名前だよな」
「あはは、ホント笑っちゃいますね」
「お前が言うなよな」
「はい………すみません」
「でも、何でそんなすごいバンドやめちゃったんですか」
「あ?」
「あ、分かった。ジミーだけ売れたから」
「違う。女だよ」
「女?」
「そう、女。ある日ジミーが女を連れてきたんだよ。それが全ての始まりだった」

*****
 スタジオ。パンサーはドラムの手入れ、ジャガーエレキギターを爪弾いている。
「お疲れ〜」
 そこにジミーが入ってくる。
「おー」
 と、パンサー。
「お疲れ〜」
 と、ジャガー
「おい」
 と、ジミーが一人の女性を呼び込む。
 そして、白のワンピースを着た髪の少し長い女性―奈美―が戸惑いながらもスタジオに姿を現す。
「こいつ俺の女、奈美。よろしくな。じゃ、準備してくるわ」

 ジミーがその場を去ったその時、ジャガーがようやく顔を上げ、後ろを振り向く。

 目が合う二人。
 驚くジャガー

*****
「俺はその瞬間を見逃さなかった。ジャガーとその女は一瞬で恋に落ちた。血の気の多い二人のロッカーが同じ女に惚れちまった。最悪の展開さ」

*****
 再びスタジオ内。
「明日のライブ、アンコールの登場の時、俺にちょっと時間くんね?」
「何すんだ」
 とパンサーが尋ねる。
「ステージの上から奈美にプロポーズする」
 顔を上げるジャガー
「でも、奈美が何て言うか」
「嬉しいに決まってるだろ。元々あいつの方から俺に近付いてきたんだから」
「え?そうなんだ」
「…ジミー、ちょっと二人だけで話させてもらっていいか?…パンサー、悪いけど席を外してくれ」
「お」
 席を外し、パンサーは部屋の隅にこっそり座って様子を伺う。

*****
「で?それからどうなったんですか?」
 今度は青シートの上に座ってババ抜き。が、ジョーカーを引いてしまう重人。
「ぎゃっ」
 笑うパンサー。
「翌日のライブ、ジミーと俺だけでやった」
「え、ジャガーは?」
「奈美を連れて街を出やがった」
「マジっすか!?」
「結局そのままアニマルジェットプラネットは解散した」
「きっつい話ですね」
「まあなぁ、でも………いくら好きな女を奪っても、バンドを辞めて今じゃどうしてるか分からないジャガーと、女を奪われたことをバネにして今じゃアメリカで成功したジミーー。人生って、どっちが幸せか分かんねぇもんだな」
「そうですね………でも、どうせ人の女を奪ったやつなんか幸せになってないです。ほったさん、何でそのままジミーと音楽続けなかったんですか?」
「ん?ジミーに断られた」
 上がり。
「よっし、俺の勝ちな、晩飯奢りな」
「マジっすか………」
 凹む重人を他所に、満面の笑みを浮かべてシートの上に大の字になるパンサーは青空に向かって心の底から言う。
「俺は幸せだぁ〜、がっはっはっはっ」

*****
「アノ頃は…幸せだった………」
 階段に座ったまま、城田は呟く。そしてホームレスに問い掛ける。
「アンタ、昔の自分と今の自分。どっちが好きや?俺は今の自分が全っ然好きにならへん。何も自信も無くて、好きな女一人幸せに出来へん。そんな今の自分が………」
「………………そんなに違うのかね」
「………え?」
「そんなに、昔の自分と今の自分は違うのかね」
「はは………全然違うよ…」
「ワシは昔、ある発明をして、多くの人間から賞賛を受けた。だが、しばらくすると社会から『酷いことをする奴だ』と反発を受けた。イイときも悪い時も、ワシ自身は何にも変わってない。あんたも、そういうことは無いかい?」
 ホームレスの言葉に、城田は少し考える。
「今のアンタも捨てたもんじゃない。確かめてみれば、分かるよ…」

*****
 0号室の中。奈美はソファーに腰掛けて、カバンの中からあるものを探しているがまだ見つからない。
 そこへ城田が入ってくる。気まずい空気。そして、城田はまた点数を測る機械へ向かう。いよいよ意を決したように。ケースをセットし、城田は奈美と向かい合う位置に腰掛ける。

「…71点以下なら、ホントに離婚するの?」
「ああ、お前のためや………だって、お前、まだアイツのこと忘れてないんやろ?」
「アイツって?」
「お前が、さっき探してた………これやろ?」
 そう言って城田は、ジミーと奈美の2ショット写真の入ったパスケースをテーブルの上に置く。
「あ!」
 驚き、奈美はパッとパスケースを手に取る。
「スマン、カバンの中から見てもうたんよ」

 驚く奈美。そして、点数の書かれた紙を入れたケースが音を立てて返ってくる。


 フロントに立つ支配人。
愛する人に対する劣等感。相手を好きでいればいるほど、感じてしまうものなのかもしれません」
 その時、コツコツと足音が。
「!?」
 支配人の視線の先に居たのは、あのホームレスの男。

 男は手を差し出して言う。

「お恵みを」

EDテーマ:「CRY FOR THE MOON」


次回、最終話です。
文字じゃ伝わりませんが、テンポが結構イイ感じなんですよね。パンサーと重人のシーンが特に好きです。
そして音楽の使い方がとても上手です。流石ドラマーだなぁと思いました。

あ、あと、パンサーも奈美のことが好きだったのかなと思う場面が。
重人と一緒にババ抜きやっている時に、コンクリートの地面に「パンサー・奈美」と書かれた相合傘の落書きがあったんで。