仕事している意義

働けど働けど。

仕事している意義って。生活のためでもある、と去年からはいろいろあったからはりきってはいたのだけど、月15万くらいあれば親の面倒もみながら生活できてしまっている現実にちょっと拍子抜け。

我慢していることもなくて、相変わらずカフェに行ったりごはん屋さん行ったり、明らかに感染対策取ってないお店や混むところではテイクアウトを事前予約して食べたりしてる。雑貨もリネンの服も、スペシャリティのコーヒー豆も。買えている。

今まで貯蓄してきたお金があるからそれには手をつけないで、ひと月の給料の中でやりくりして少し貯蓄に回している。

NISAはまだまだ成果は出ていない。

家族全員が健康だからこそなんでしょうが。誰かが病気とか怪我をしたらそこに治療費が発生するからそのときこそ焦るかもしれない。

 

ただ、「あ、こんなんで暮らせていけちゃんだ」と思ってしまうと仕事のモチベーションを保つのが大変になる。

物価、安いんだなぁって思うね。不意にね。この国って。特に食品かな。安く感じる。

 

お金があるのに幸せを感じていない芸人さんとかITの社長さんとか、何でそんなこと思うんだろうってずっと不思議だったけどほんの少し分かる。

自分が食べていけるだけの生活が成り立つと、次は誰かのためにお金を使うとか自分の夢のために投資するとかがあればまた生活に張りが出るけど、それが無いとすごく空虚になるのよね。

そういう意味で自分は数年前から定期募金に登録しているけど(海外の子供支援の一環で、小学校を卒業するまでの4~6年間募金をするコース)、あれが無かったらもっとやる気が失せていたかもしれない。